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◇ツキ」の私的考察…?

『この台は出なさそう』、『この台はもう出そうにない』…パチンコを打っているほとんどの人が台を替わったり、やめたりする時の理由がこれ。予知能力がある人を除けばこれは間違いだし(苦笑)、これはオカルト、それも「台をどつく」とか以上にパチンコの収支に直接、関わる最悪のオカルトといえる。

ちなみに、パチンコで勝つ為には、台を替わる理由は「廻らない」ということしかないし、その台を止める理由は「これ以上、打つ時間がなくなった」ということしかないのは、パチンコで勝つ方法が『良く廻る台を長時間、打つ』しかない以上、言うまでもないこと


で、もう一つ。
『この台は出なかった』という言い方がある。つまり、パチンコで出たか、出なかったか、勝ったか、負けたかといった結果で「台」を評価する訳だが…果たしてこれは正しいのだろうか?

確かに「よく廻る台」だからといって出る保証も、勝つ保証もない。よく廻る台が保証してくれるのは、廻らない台より少ない金額や玉数でより多く廻せる、ということだけ。長い目で見れば、それが少ない金額、玉数で多くの大当たりを引くこと=勝つことに繋がる訳だが…

話を戻して、と(笑)
とりあえず、「よく廻る台」とか「廻らない台」という評価や結果とは全く別に、一日一日のパチンコでは「出た台」、「出なかった台」という評価や結果が歴然と出ることになる。

この「結果」が出るからこそ、ほとんどの人は「廻る台」より「出る台」を探そう、として冒頭のオカルトに走るし、その結果、「負け組」へと沈んでいくことになる訳だが…考えてみれば、勝った、負けた、出た、出ない、というのはそもそも「台」のせいなのだろうか?それともその台を打った人、「人」のせいなんだろうか?

もちろん、「その人がもし他の台を打っていたらどうなっていたのか?」ということは、それこそ予言者とか神様しか判らないことなので、結論は出せないが…私はパチンコの結果は「台」のせいではなくて、「人」のせいではないかと考えている

何度も言っているように、パチンコ台は電源を入れた瞬間から乱数カウンターが廻り始め、ヘソに玉が入った時に取得した乱数が当たりかハズレか判定しているだけの機械。そして、同じ機種なら台ごとに大当たりの確率やカウンターの周期など大当たりに関係した事項に差がある訳ではない。要するに、大当たりするかしないかについては、同じ機種なら全台同じということになる。
それなのに、結果は台によって全て違う。だとすれば、出る、出ない、勝った、負けたは「台」ではなくて、台を打つ人、「人」によってもたらされるものだとは言えないだろうか…。

そう、その台にではなくて、その台を打った人に「ツキ」があったか、なかったか…それによって、その日の結果、「出る」とか「出ない」は決まってくる。
では、その「ツキ」とは何なのか?



…ということで、以下、今日の本論に入る訳ですが、最初に言い訳をしておくと、これはかなり難解というか大変な問題で、私のような数学者でも哲学者でもなく、半端な知識の人間が語っていいものかどうか…色々な間違いもあると思いますが、その辺りは私的考察ということでご勘弁を(爆)。


結論から言えば、私は「ツキ」というのは「確率の偏り」だと思っている。

例えば、パチンコ台の大当たり確率1/350というのは、350回転で必ず当たる、ということではない。つまり、毎回、1/350の確率で抽選をしているということで、結果的には、1回転で当たることもあれば、3500回転で当たることもある…つまり、結果だけを見れば、そこには1/1という確率から1/3500、場合によっては0/4000とかまで、様々な確率…つまり確率の偏りが存在する。

もちろん、その次の大当たりも同様だし…そう、中には1/1で大当たりをした人が次回も1/1で大当たりすることもある訳だし、1/3500だった人が次回も1/3500、というケースも理論的にはありえる。
そして、その結果を見れば、前者が「ツキのある人」、後者が「ツキのない人」となる。


パチンコだけではなく、前の結果が次の結果に影響を及ぼさない事象では、「確率」と「確率の偏り」が存在する。

これはウロ覚えだが(苦笑)、『宝くじで一億円以上が当たる確率は東京都で一人の確率』ということを聞いたことがあります。つまり、「1/1200万」が「宝くじで1億円以上が当たる確率」ということになる。
宝くじも原理的にはパチンコの大当たりと似たようなものなので、1回に約3万5千枚買えばパチンコの大当たり確率とほぼ同じになるし、それを100回とか200回、少々ツキがなくても1000回か2000回、買い続ければほとんどの人が当たる筈。
さもなければ、1回1枚づつで400万回とか5000万回とか買うことで試行回数を増やせば同じことになるが…えっ?そんなこと出来る訳がないだろう!…って?(爆)

そう、宝くじが当たらないのは、あまりに確率が低い、つまり確率の分母が大きい為に確率を収束させることが現実には不可能。「確率の偏り」、それも、1/1200万の確率の中での1/1とか1/100とかいう極端な確率の偏りに恵まれた人…つまり、強烈な「ツキ」を持った人しか当たらないからなのだ。

その他にも、「竹藪の中で誰かが捨てた1億円を拾うこと」も、何年に一回か誰かが竹藪に1億円を捨てる確率、さらに、その竹藪が自分の近くにある確率、さらに、そこに偶然、それも誰かに見つけられる前に行く確率…などなどを計算すれば拾う確率は出るし、その確率も回数、年月を増やせばやがては収束していき、理論上は、ほとんどの人が竹藪の中で1億円を拾うことになる。ただし、確率が低すぎて、その為には宇宙が滅びる以上の年数が必要だろうけど(爆)。

このように確率が低くすぎて、ほぼ絶対に確率が収束しない事象、つまり、確率の分母が大きすぎて分子(試行回数)を確率が収束するまで増やせない事象も沢山ある。こういう事象では、確率の偏りに恵まれた人、「ツキ」のある人しか幸運に恵まれることはない…つまり、「ツキ」が全てということになる。

では、「パチンコ」は、どうだろう?

「宝クジ」はもちろん、「竹藪で1億円を拾う確率」、「30億もいる異性の中で理想の相手と出会う確率」…などなど、世の中にある様々な事象に比べれば1/350などという確率は低い方だ(笑)。
もちろん、1/350の確率にも…1/1から3倍ハマリ・1/1050、4倍ハマリ・1/1400…と様々な「確率の偏り、ツキ」は存在する。しかし、パチンコは試行を簡単に増やすことが出来る事象…1日で3,000回転、10日で35,000回転・100日で350,000回転と増やしていけばどうだろう?
確率は収束に向かうし、確率の偏りも小さく、平均化されていくとは思いませんか?

そう、パチンコの「確率の偏り=ツキ」ごときは、所詮、やがて収束する範囲のものなのだ
バチンコの一日、一日の結果、「出る、出ない」は「確率の偏り、ツキ」によって左右されるし、決まってしまう。しかし、その「確率の偏り、ツキ」は長い間には平均化され、収束に向かっていくものに過ぎない。
だからこそ、一日、一日の確率の偏り、ツキに一喜一憂することなく、試行回数を増やすために「良く廻る台を長時間打ち続ける」…やはり、これこそがパチンコで勝つためには大切なのではないだろうか…。



【本日の台】なし-仕事のため休み

【7/18現在勝ち金額】1,105,500円

【目標金額まで】 後3,894,500円
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